松本はマチ全体が屋根のない博物館!
明治41年、松本城二の丸御殿跡に建てられた裁判所です。内部・外部ともに完全な形で国内に唯一残る、明治憲法下の和風裁判所で、長野県宝に指定されています。(旧所在地/松本市丸の内 昭和57年移築復元)◆ガイダンス映像(映像ガイダンスルーム):約5分間◆音声ガイド(支部訟廷)『明治憲法下法廷の裁判進行』:約3分間
正面全景
明治憲法下の裁判を体験
昭和28年に建てられ、平成2年まで使用された独居房棟の一部です。創建当初の板張りの部屋と、昭和50年代に改善された畳敷きの部屋を復元しています。(旧所在地/松本市桐 平成6年移築復元)
全景
中廊下
昭和のはじめから平成7年まで操業していたカイコの繭から生糸をとりだす製糸工場です。動態保存を目的に、設備・機械類も含めて移築されました。昔ながらの技術で生糸をひく実演を、定期的に行っています。(旧所在地/下諏訪町 平成8年移築復元)◆映像「製糸場最後の日 —旧昭和興業製糸場—」:約9分間
糸ひき実演
江戸時代後期、松本と飛騨高山を結ぶ野麦街道沿いの集落、旧奈川村川浦に、旅人宿として建てられました。明治から大正にかけては、飛騨地方から諏訪・岡谷の製糸工場へ向かう工女たちが大勢宿泊しました。山里の民家としての暮らしもうかがえます。(旧所在地/松本市奈川 川浦 昭和58年移築復元)
昔の暮らし体験
江戸時代後期に建てられた下級武士の住宅です。社会運動家木下尚江は、明治2年この家に生まれ、新聞記者・弁護士・小説家として活動しながら、普通選挙の実現など、社会改革をめざして活躍しました。(旧所在地/松本市北深志 昭和58年移築復元)
木下尚江(明治45年撮影)
清朝王家の皇女として生まれ、のちに松本川島浪速の養女となり、「東洋のマタハリ」「男装の麗人」として知られた、川島芳子の関係資料を展示。
軍服姿の川島芳子
第二次世界大戦において日本が無条件降伏をした際、満州(現在の中国東北部)ほかで発生した、日本人将兵シベリア抑留の悲劇を伝える資料を展示。
「埋葬」吉田勇画
松本市出身の記録文学作家で、『あゝ野麦峠』の著者、山本茂実の資料を展示。◆映画『あゝ野麦峠』ダイジェスト版約13分間◆音声コーナー『ある糸ひき工女の思い出』約5分間
山本茂実