松本はマチ全体が屋根のない博物館!

中山史跡めぐりマップ② ―考古博物館周辺の史跡―

考古博物館周辺の集落の中にも古墳が点在しており、造られた当時は数多くの古墳が周辺にあったものと思われます。
これらの古墳は古墳時代の後期(6~7世紀ころ)に造られたものが多く、横穴式の石室を持っています。
考古博物館では、盗掘をまぬがれた柏木古墳からの出土品(市重要文化財)を展示しています。

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古墳DATA

古墳名大きさ(m)摘要
埴原古墳円墳 道路脇の竹林の中にあります。
小山下古墳(中山19号古墳)円墳径:12.0 高さ:3.0道路脇にあります。
中山21号古墳円墳径:12.0 高さ:1.5古墳の上に祠(おしめ様)がまつってあります。
中山22号古墳円墳径:12.0 高さ:2.3天井石と思われる大きな石が残っています。葛が茂り冬期しか見えません。
柏木古墳(ヨバリ塚)円墳径:17.0 高さ:1.0大正14年発掘。現在ガソリンスタンドのある場所が古墳のあったところです。
【参考文献:桐原 健「松本市中山の古墳、古墳群」長野県考古学会誌36号(1980年)】

推定牧監庁跡(ぼくげんちょうあと)
牧監庁は平安時代、長野県に16あった官営の牧場を統括する役場です。考古博物館の北西にある「推定牧監庁跡」は、昭和39年の調査で発見された礎石群で、16.2m × 5.4m の建物址であることが確認されています。

金峯山保福寺
室町時代の創建と伝えられる臨済宗の寺で、江戸時代の書物では「重玉松(しげたまのまつ)」とよばれる立派な松がある寺として紹介されています。現在、江戸時代の末に植えられた2代目の松や、高遠出身の江戸時代の有名な石工である孫右衛門作の灯籠、林城陥落のとき、寺に預けられた小笠原長時の妻子の墓等があります。

牛頭天王(こずてんのう)の祠
牛頭天王は疫病を防ぐ神です。当時疫病は町のほうからやってくると考えられていたため、集落の北側の入口に祠られています。

いぼ石
昔、体中にいぼができて悩んでいた男の人がいて、その人が世をはかなんで「いぼで悩む人たちよ、いぼで泣くなかれ。おらが頭で砕くこの石にくぼみを残し、そこに水をたくわえておくからその水でいぼを洗うべし。さすれば治るであろう。」と言い残し来世へ旅立っていったという伝説が残っている大きな石です。

金峯山保福寺(孫右衛門の灯籠)金峯山保福寺(孫右衛門の灯籠)

いぼ石いぼ石

 

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